受験体験記(1996年5月)


<シアトル空港にて>
 アンカレッジへの直行便はありませんので、ソウルまたはシアトル経由で行 く事になります。運賃はどちらも似たようなものなのですが、ソウル経由だと、 帰りの便が早朝発になるため、シアトル経由(ノースウエスト)にしました。

 シアトル空港に到着後、
 入国審査→荷物受取→税関→乗換便への荷物預け→移動→乗換
を行います。

・入国審査
 別にたいしたことは聞かれません。入国目的については、私はとりあえず 「観光」と答えましたが、「TO TAKE CPA EXAMINATION」といっても100% 通じるそうです。(日本人のCPA受験は現地空港では有名なようです)

・荷物受取り
 通常の方法(ベルトコンベアで運ばれてくるやつ)と変りません。
ちなみに、私は全部機内持ち込みにしたのですが、他の人が荷物を待ってい る間、その辺をウロウロしていたら、警備員に呼び止められてしまいました。
 警備員「なにか不都合でも」
私 「税関に行くにはこちらでいいのですか」
 警備員「荷物を預けていますか」
  私 「いいえ」
 警備員「何か食べ物を持っていますか」
  私 「機内食で出たパンを1個持っているだけです」
 警備員「ところで、目的地は」
  私 「アンカレッジです」
 警備員「何しに?」
  私 「観光に」
 警備員「現地に友達でもいるの」
  私 「いいえ。一人です」
 警備員「この時期に一人で何しに行くの」
私 「観光だけでなく、実は、試験を受けに行くのです。」
 警備員「OH! CPA試験ね」
私 「そうです。そうです。」
 警備員「頑張って。税関はあちらです。」
(注:やり取りは全て英語です。)

 「ウロウロしない」
 「観光と言うより、CPA試験受験といった方が手っ取り早い」
 というのが教訓でした。

・税関
皆が荷物を待っている間に行ったため、係員は暇そうでした。おかげで荷  物をしっかり調べられてしましました。
  なお、なぜかここで「勤務先の会社名は」と聞かれました。念のため自分 の勤務先を英語で言えるように確認しておきましょう。

・乗換便への荷物預け
 シアトル空港では、税関を出てすぐのところに窓口があり、そこで乗換便名 を告げて、荷物を預けます。
 係員は、日本語が話せるおばちゃんです。

・移動
 到着は南ターミナルですが、アンカレッジ便は中央ターミナル発ですので、 移動しなければいけません。
 ガイドブックには、地下鉄(無料)で移動すると書いてありますが、それと は別に、南ターミナルの「S5」搭乗口から移動専用シャトルバス(結構オン ボロです)が出ています。
 初めての人は、こちらの方が便利です。また、滑走路のすぐ側を走るので、 地下鉄より景色を楽しめます。

・乗換
 アンカレッジまでは、アラスカ航空(写真)で行く事になります。
 発時刻の1時間前ぐらいになったら、アラスカ航空のカウンタで受付けが始 まりますので、チェックインをします。
 私は、ここで受験仲間を探したのですが、大阪からの便には2〜3人しか受 験生が乗っていなかったようです。
 私が話しかけた1人目は、今回初めての受験ながらアメリカ生活が長く、手 慣れた感じでした(受験要項は電話1本で取り寄せたと言っていました)。
 2人目は、同じく初めての受験、しかも同じTACの教材で勉強したT氏で す。英会話力もほぼ私と同じぐらいで、以降3日間、このT氏と行動をともに することになります。

 アンカレッジ行の便は満席でした。

<アンカレッジ空港にて>
 シアトルからアンカレッジまでは、アラスカ航空機で約3時間半・・・。 結構かかりますし、時差も1時間あります。
 なお、窓からの眺めは素晴らしいものがありますので、出来れば窓際を確保 しましょう。

・リコンファーメーション  国内線なので、アンカレッジ空港では特に複雑な手続きはありませんが、着 いたその場で、いわゆるリコンファーメーションをする事をお勧めします。

 荷物を受取ったあと、エスカレーターで上の階へ行くと、航空会社のカウン ターがズラーっと並んでいます。
 アンカレッジ−シアトル便は、アラスカ航空のカウンターで、  シアトル−日本(関西空港)便は、ノースウェスト航空のカウンターで、 リコンファーメーションをします。
 チケットを見せて、
”Can I make a reconfirmation ?”
 と言えば、勝手にやってくれます。特に複雑な手続きは要りません。

・気 温
 空港から外に出るとき、まず心配だったのが、気温でした。
 一応、日本の真冬の気温を想定して、コート、マフラー、手袋を持っていっ たのですが・・・全く不要でした。
 5月のアンカレッジは案外暖かく、日本の3月ぐらいの気温を想定していけ ば良いでしょう。
 緯度の関係で日の出も早く、日没は遅い(日没は夜10:00過ぎです)の で、朝・晩の冷え込みはありません。

 しかし、11月は寒いでしょうね・・・。

<ダウンタウンにて>
・ホテル
 空港から、ダウンタウンのホテルまではタクシーを利用しました。チップ込 みで15ドルぐらいです。
 泊まったホテル(ホリディ・イン、写真)は、部屋も広く(何とダブルベッド)快 適でした。
 なお、タオル・石鹸・シャンプーはありますが、歯ブラシは持参が必要です。
 ちなみに、今回の試験会場に一番近いのは、恐らくシェラトンホテル、その 次がホリディ・イン、そしてヒルトンといった順でしょう。一番高級なのはキャ プテン・クックなのですが、試験場からはちょっと離れています。

・試験場の下見
 到着の翌日(試験の前日)は、試験場の下見をしました。
 昨年までは、ダウンタウン中心部のコンベンションセンターが試験場だった のですが、今回は、ちょっと郊外の体育館(写真)が会場でした。
 現地で地図を購入したのですが、目的の体育館が載っていなかったため、観 光案内所で場所を聞きました。
 ダウンタウンの南東約2.5kmぐらいの場所で、20〜30分で歩いてい けます。

 というと簡単に見つかったようですが、実ははじめに道を間違えて、一旦ダ ウンタウンに戻り、タクシーに乗ってやっとたどり着いたというのが本当です。  結局下見に3時間ぐらいかかりました。

   

・自由行動
 私は現地で勉強する気がなかったので、下見の後余った時間はダウンタウン をブラブラしました。
 しかし、100人ぐらいの日本人受験生がいるはずなのに、ダウンタウンで はほとんど会いませんでした・・・。
 ちなみに、ショッピングセンターのファーストフードコーナーを覗いたら、 10人ぐらいの日本人が一生懸命勉強していました。恐らく他の受験生も大半 は最後の追い込みをしていたのでしょう。

 ちなみに、この日私は、マンモスの歯の化石を175ドル(格安!!)で購 入して、ウキウキしていました。

・時 差
 やっぱりありますね。到着日は、深夜3:00ごろまで眠れなくて・・・。
 ただし、試験初日終了後は、体力を使い果たしたせいか、バタンキューで眠 れました。

・食 事
 食事は、T氏と一緒にとりました。
 初日は、アラスカに来た記念に、現地のシーフードレストランで、タラバガ ニのごっついのを食べました。
 2日〜3日は、慣れない料理を食べて調子を崩すと大変なので、日本料理店 で、食事・・・サーモンの刺し身はおいしかったです。
 4日(試験後)は、ホテル内のレストランでTボーンステーキを食べました が、ちょっとパサパサだったかな・・・。
 いざとなればマクドナルド等もありますし、食事の心配はいりませんでした。

<試験開始まで>
・集 合
初日の試験開始は9:00からですが、案内状(ADMISSION LETTER)に、集 合時刻7:30と書いてありましたので、6:50にホテルを出て、会場に向 かいました。
 会場に着いたのは7:20。既に20人程度の人がいました。しかし、何と 全員日本人・・・「ひょっとして、日本人だけこの会場に集められたのかな。」 と思ったほどでした。
 7:30になっても会場は開かず、結局8:00頃まで待たされました。さ すがにこの頃には地元のアメリカ人も来ましたが、やはり日本人が圧倒的に多 数でした。
 数えた訳ではありませんが、日本人100人、アメリカ人50人といったと ころでしょうか・・・。

・受 付
 入場すると、まず受付に並んで、誓約書の提出とパスポートの提示をしま す。この時点で正式な受験票(写真)が渡され、所定の欄に、住所・氏名等を記入して おくよう指示されます。(なお、受験票は試験中に回収され、半券だけが手元 に残ります。)
 席は、受付順に指定されます。私は77番でした。

・会場の雰囲気
 会場は、SULLIVAN ARENA という体育館でした。周りに観客席があって、ち ょっと不思議な雰囲気です(写真)。机は2人づつ座りますが、かなり大きくゆったり しています。
 なお、アラスカでは、飲み物や食べ物を持ち込んで受験しても良いのですが、 会場に給水器(写真)まで用意されているのにはびっくりしました。ただし自販機はありません。

   

・筆記具について
 答案は、No.2の鉛筆(日本式に言えばHB)を使うように指示されます が、筆記具のチェックは厳密ではありません。BやHの鉛筆、またシャープペ ンを使っている人も多かったです。
 なお、会場には、電動鉛筆削り器もありました。

・注意事項
 8:45頃になると、鞄の類を会場の隅に置くように指示されます(それま では参考書を広げてもOKです)。
 試験監督が簡単な自己紹介の後、注意事項を英語で述べ(トイレや水汲みで 席を立つ際は、答案を伏せること等)ます。最後に"GOOD LUCK !!" と言って 試験開始となります。
 さあ。長い戦いの始まりです。

<試験開始後>
・LPR
 初日の午前中は、LPR、いわゆるビジネスローです。
 一番試験時間が短い科目とはいえ、3時間。うんざりしますね。
 まず記述問題から取り掛かったのですが、はっきりいって勉強不足(範囲の 3分の1ぐらいしかやっていない)を自覚していましたので、「何か書ければ いいや」程度の気持ちで取り組みました。
 四苦八苦して、2問の記述をやりとげたら、結構時間が経ってしまいました。
 すぐに択一に取りかかりました。
 はじめの、PROFESSIONAL AND LEGAL RESPONSIBILITIESは、全く勉強してい ませんでしたが、結構常識で解けました。(注:しかし、後日成績通知を見た ら50%以下の得点率でした。)
 ビジネスローの範囲に入ってからは、多少なりとも勉強した知識を総動員さ せようと思うのですが、思い浮かぶのは、数年前に頭に叩き込んだ日本の法律 知識ばかり・・・。新しい知識の定着の浅さを痛感しました。
 終盤は、もう頭が疲れているためか、英文の問題を読みこなすだけで大変で、 結構ニュアンスだけで解いていました。

 8月に届いた成績通知では、50点でした。
 次回は60点ぐらいとりたいですね。

・AUDIT

 今回もっとも苦労しました。というより、勉強不足でチンプンカンプンでし た。
 記述は、1問は何とか書いたのですが、2問目は問題文の意味さえもつかめ ず、白紙でした。
 択一も、勘を頼りに適当にマークしていきましたが、問題文を読むだけでも 結構苦労しました。
 唯一、まともに出来たのは、各種の財務比率(流動比率等)を計算させる問 題でした。私の勤務先では、建設業者の財務診断を行っているので、この手の 比率計算は得意中の得意です。配点は10点ぐらいですが、ちょっとラッキー でしたね。
 それにしても4時間半の試験時間は長かったですよ。
 途中10分ぐらい、うつ伏せになって休みましたが、その後はかえって疲れ が増してしまって・・・。ブレイクをとらずに、一気に解いた方が良いみたい です。

 8月に届いた成績通知では、43点でした。
 次回は、一応SASの日本語解説書を2回読んで受験しますので、60点近 くはとりたいですね。

・ARE
 2日目の午前は、AREです。この科目は唯一、記述問題がありませんので、 その点は気が楽です。
 でも、私はこれも勉強不足で・・・。
 TAXの勉強は1分もやっていませんので、適当にそれらしいものを選びま した。
 管理会計の範囲だけはしっかりやったのですが、なんとこの分野の配点は 10点分ぐらいしかないのですね。しかも、択一の後の方で出てきたので、そ の問題を解くときには、もう疲れてしまって・・・。不本意な出来でした。

 8月に届いた成績通知では、45点でした。
 次回は、TAXのうちINDIVIDUALSの部分だけはやっていますので、55点ぐ らいを狙っていますが、どうなることやら・・・。

・FARE

 最後の科目です。
 はっきりいって、これも大して勉強していませんが、日本の簿記はある程度 勉強していましたので、その知識で結構解けました。
 4時間半の試験時間も前日のAUDITよりも短く感じられました。(最後 の科目だから頑張ったというのもありますが・・・)

 8月に届いた成績通知では、一番高い55点でした。
 次回も大して勉強していきませんが、直前に、小島先生の書かれた「英文会 計入門」3分の1ぐらい読んでいけそうですので、60点ぐらいにアップしな いかな・・・。

<まとめ>

 以上が私の5月のCPA試験の体験記です。というよりも、苦戦記かな。

 全体を通じての感想は、「とにかく受験することに意義はあった」というも のです。
 体験記では上手く表現できませんでしたが、2日間で15.5時間の試験を 受けるのは、はっきりいって未知の世界です。
 疲れきった頭を何とか動かして問題を解いていくのは大変です。試験前の勉 強で付け焼き刃で憶えた知識のうち、複雑なもの(例:DOLLER VALUE LIFO) は、長丁場の試験では頭から飛んでしまうことも実感しました。したがって基 本的な問題をいかに確実に解いていくかが、点数をあげるコツでしょう。
 また、長時間英文の洪水にさらされるのも初体験でした。なにしろそれまで はTOEICの2時間でヘトヘトになっていた私が、リスニングは無いとはい え、向うの大学レベルの英文を3〜4.5時間もの間読み続けなければいけま せん。
 ということで、自分の英語力不足を痛感した2日間でもありました。恐らく 英語力不足が原因で、各科目10点ずつぐらいは落としていることでしょう。
 帰国後、以前にも増して英語の勉強に力を入れるようになりました。

結果通知書です



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